当神社について

わら天神宮

075-461-7676

〒603-8375 京都市北区衣笠天神森町10

受付時間:8時半より17時まで

当神社について

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わら天神宮

由緒、略記

当神社の歴史

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 わら天神宮の起源は、太古 山背国葛野郡衣笠村 (やましろのくにかどのぐんきぬがさむら) に降臨された北山の神で、 その成立は平安建都以前と推定されています。天長八年(西暦831年)、この地に氷室が設けられることとなり、その夫役として 加賀国の人々が移住してきました。彼らは移住にあたり、崇敬していた 菅生石部神(すごういそべのかみ) の分霊を勧請し、 ご祭神をその御母 木花開耶姫命と定め、北山の神の西隣に祀りました。

 応永四年(1397年)、足利三代将軍義満による 北山第(後の鹿苑寺(金閣寺)) の造営にあたり参拝に不便になったことから、 両者を合祀して現在地へ遷座、社号を菅生石部神の通称である 敷地神社 (しきちじんじゃ) とし、爾来六百年になります。

御祭神

木花開耶姫命 (このはなのさくやひめのみこと)

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 木花開耶姫命は山を司る 大山祇神 (おおやまつみのかみ) の娘で大変な美人でした。葦原中国 (あしはらのなかつくに) へ降臨された 天孫 邇邇藝命 (ににぎのみこと) と結婚して一夜にして妊娠されますが、邇邇藝命に疑いをかけられたため、天孫の子なら 無事に生まれるはずだとして出口のない産屋にこもって火を放ち、火中で三神をお生みになりました。この故事に因み、 木花開耶姫命は安産、子授け、縁結びの神として信仰を集めています。

安産祈願の言い伝え

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 現在地へ遷座後、当社は「天神宮」と称していました。また、古来より稲わらで編んだ籠に神饌を入れて神様に捧げており、 やがて抜け落ちたわらを、安産を願う妊婦さんが持ち帰るようになりました。後にそのわらを切り取り、安産のお守りとして 妊婦さんに授与するようになったのです。そのわらのお守りの珍しさから「わら天神宮」の通称が広まり定着しました。
 そのお守りのわらにふしがあれば男の子、なければ女の子が産まれるとの言い伝えが妊婦さんの間で語り継がれてきました。

ご朱印

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ご朱印とは?

 神社に参拝した時、社務所でいただくことができる「ご朱印」。もともとは、自分でしたためた願文を神前に供えたことから始まりました。つまり、祈願浄書した誓詞・願文を神社に奉納した「証し」として、その神社の名号を墨書し、神印をいただいたことが起源なのです。

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お伝えしたいこと

 「ご朱印」は単なる記念スタンプではありません。それは神と人を結ぶ意義ある証しなのです。誓詞・願文はなくとも、心こめた参拝の後に、「ご朱印」をいただいて下さるように願っています。

西大路七福社ご利益めぐり

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 西大路は、京都市の西域を南北に通っており、東大路と対になる大通りです。この西大路をはさんだ東西両側に、古くから歴史と由緒・格式をもつ神社が七社あり、初春にこれら七社に参拝して朱印を受ける行事が、「西大路七福社ご利益めぐり」です。ゆっくり歩いてめぐっても1日で参拝でき、学問、安産から開運出世、延命長寿までの人生の節目ふしめを守ってくださる神様のご利益がいただけます。

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〒603-8375 京都市北区衣笠天神森町10
受付時間:8時半より17時まで

わら天神宮は、妊婦さんに渡す安産祈願のお守りの珍しさが始まり。

京都のわら天神宮の主祭神は「木花開耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)」で、一夜にして懐妊し、燃え盛る炎の中で次々と3人の子を出産したという神話から、安産、子授け、縁結びの守護神として知られています。
わら天神宮の正式名称は「敷地神社(しきちじんじゃ)」といい、わら天神宮という通称は、妊婦さんに渡す安産のお守りの珍しさから広まりました。
お守りのわらにふしがあれば男の子、なければ女の子が産まれるという言い伝えが語り継がれるほど、安産の神社として有名です。
妊娠九ヶ月九日の日は、授乳祈祷の「あま酒」の授与があり、毎月九日はことのほか参拝者で境内は終日ごったがえします。
また赤ちゃんのすこやかな成長を願っての初宮詣参拝者も多いです。

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